ごぶさたしています。
4月はとにかく忙しく、
ブログを書く余裕がありませんでした。
疲労のあまりばい菌が身体に入り、
発熱なんてもこともありました。
そんな中、
5月2日からのGW後半、
ようやく一息いれることができました。
こんなに連休がありがたいと思ったことは、
今までありませんでした。
長野県の実家に帰省しておりました。
晴れているときに写真を撮らなくて、
曇天の重苦しい雰囲気ですが、
実際は日射しも強くて、
高原はちょうど春が来ていました。
ソメイヨシノ、八重桜、しだれ桜、山桜、桃、梅、ハナミズキ。。。
寒冷地は花がいっせいに開花します。
なかなかきれいなのだ。
大雪で痛んだベランダの修理と庭の枯れ草、落ちている枝の整理をしました。
枯れ葉を吐き出し、防腐剤を塗り、釘を打ち、
大雪で折れた枝を燃やします。
意外に重労働。
鈍った身体には堪えます。
枯れ枝と言っても、
3Mくらいある大きなものがごろごろ。
今年の豪雪の威力を改めて感じます。
初日にその仕事が終わるとあとは読書三昧。
実家に置かれた古い本を何となく選ぶ。
3冊読みました。
久しぶりに読み返しました。
2014年とは異なる日本、日本人の物語だなあと感じました。
1950年代の日本人は、
現代人とことなりたくましいし、
人権意識もかなり異なっている。
エッセイの中では、
上手に省略しているものの、
港で酒を飲み、女を買って、たまにはもっと危ないことまでしているのだ。
それが普通に書かれている、おおらかな時代だろうと思う。
戦争はまだ遠い記憶じゃないし、
未来は洋々と開けている時代的な気分が感じられ、
海外への憧れ、旅への好奇心なども、
ネット時代には感じられない初々しさがある。
この感覚の違いが読んでいて面白い。
教養的なものの見方や文章の確かさ等、
最近の旅行記にない手触り。
一気読みしてしまった。
面白かったです。
今はなき旺文社文庫。
家族の誰かが購入していた文庫本を見つけ、
引っ張り出して読んでみた。
江戸末期を中心にした中編が4つ。
主人公は花魁、渡世人、蘭学医、浪人。
その周辺に登場するのは、
葛飾北斎、薩摩藩、シーボルトに鳥居耀蔵。
時代小説ではあります。
ただ小説自体がエンターテイメントではなく、
苦い話しだったり、はかない結末があっけなくやってくる。
山田風太郎と言えば里美八犬伝のような娯楽作品の大家のイメージでしたが、
こんなにとらえどころのない作風だったのかと、驚きました。
ストーリーの起承転結があっさりしすぎなんだなー。
ドラマに至らないドラマを描いたとでもいうべきでしょうか。
池波正太郎ほどハードボイルドではありませんが、
山田風太郎の無常観が強めに出た1冊だと思います。
日航123便が墜落したのは1985年で、
もう30年前にもなるのかと感慨を持ってよみました。
墜落直後、
ちょうど著者が藤岡市の体育館で遺体の確認をしているころ、
当時アルバイトで塾の講師をしていて、
奥志賀高原に合宿にいくバスが、
まさにその体育館の横を通ったことがあり、
その瞬間の異様な感覚、
体温が瞬間的にさがる感じが忘れられません。
警察官、看護婦、医師、歯科医、ボランティア。
墜落事故が強烈な体験だったことが伝わってきます。
航空機事故の場合、
遺体がない、あるいは損傷が激しい。
だから更に遺族の悲しみも大きいのだと感じます。
日本赤十字社が、
戦争とか災害や騒乱時に救護活動をする目的で設立されていることを、
今回本作を読み返して初めて知りました。
日赤の看護婦さんは、
普通の医療看護の仕事を普段はしているけれど、
いざというときは、
騒乱した現場で救護活動をすることが仕事の一部なのです。
そのために訓練も定期的に実施しているそうで、
そんなことがこのノンフィクションには書かれていました。
